企業の持続的な成長において、人材は最も重要な経営資源の一つです。その人材を戦略的に活用するための「人事戦略」は、ビジネスの成功に直結する重要な要素となっています。本記事では、人事戦略の基本概念から策定方法まで、人事担当者が押さえておくべきポイントを解説します。
1. 人事戦略とは
人事戦略とは、企業の経営ビジョンや事業戦略を実現するために必要な「人」に関する中長期的な計画のことです。採用、育成、配置、評価、報酬などの人事施策を統合的に設計し、企業の競争力強化につなげる取り組みを指します。
1-1. 人事戦略に含まれる要素
人事戦略に含まれる要素の例として、以下のような要素が挙げられます。
- 人材の獲得・確保(採用戦略)
- 人材育成・能力開発
- 適材適所の人材配置
- 評価・報酬制度の設計
- 組織文化・風土の醸成
- ダイバーシティ&インクルージョンの推進
- 従業員のエンゲージメント向上施策
2. 戦略人事との違い

人事戦略を考えるうえで、よく混同される概念に「戦略人事」があります。両者は密接に関係していますが、視点や目的が異なります。
人事戦略は、企業の経営ビジョンや事業戦略を実現するために、採用・育成・配置・評価・報酬などの人事施策を中長期的な視点で計画・実行するものです。
一方で、戦略人事は、経営戦略に基づき、人的資本(ヒューマンキャピタル)を最大限に活用するためのアプローチです。具体的には、経営戦略の実現に必要な人材要件を明確にし、最適な人材を獲得・育成・配置することで、企業の競争力を強化します。戦略人事は、経営陣と連携しながら人事の枠を超えてビジネスの成功に貢献する役割を果たします。
3. 人事戦略の重要性

現代のビジネス環境において、人事戦略が持つ重要性はますます高まっています。その理由をいくつか見ていきましょう。
3-1. 経営環境の変化への対応
VUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)と呼ばれる予測困難なビジネス環境において、企業の適応力を高めるには柔軟で創造的な人材が不可欠です。人事戦略は、そうした環境変化に対応できる人材と組織の構築を可能にします。
3-2. 競争優位性の源泉としての人材
テクノロジーや商品は模倣されやすいものの、人材とその組織文化は簡単に真似できない企業固有の競争優位性となります。戦略的に人材を獲得・育成・活用することで、持続的な差別化要因を構築できるのです。
3-3. 人材獲得競争の激化
少子高齢化による労働人口の減少や、デジタルトランスフォーメーション(DX)に伴う専門人材需要の高まりにより、優秀な人材の獲得競争は激化しています。計画的な人事戦略なしには、必要な人材を確保することが困難になっています。
4. 人事戦略を策定するメリット
人事戦略を明確に策定することで、企業には多くのメリットがもたらされます。
4-1. 経営目標と人材施策の一貫性確保
人事戦略により、企業の経営ビジョンや事業戦略と人材施策の間に一貫性が生まれます。これにより、限られた経営資源を効率的に配分し、最大の効果を引き出すことが可能になります。
4-2. 中長期的な人材ニーズへの計画的対応
採用や人材育成は即効性のある施策ではなく、中長期的な視点での取り組みが必要です。人事戦略により、将来必要となる人材を予測し、計画的に準備することができます。
4-3. 人事施策の効果測定と改善
戦略的なアプローチにより、人事施策の目的が明確になるため、その効果を適切に測定し、継続的に改善していくサイクルを確立することができます。
4-5. 従業員エンゲージメントの向上
明確な人事戦略は、従業員に対して会社の方向性や自身のキャリアパスを示すことになり、働く意義や目的の理解につながります。これが従業員エンゲージメントの向上に寄与します。
5. 人事戦略の策定ステップ
ここでは、効果的な人事戦略を策定するためのステップを解説します。人事戦略策定のステップは以下の通りです。
- 1. 経営ビジョン・事業戦略の理解
人事戦略は経営戦略と連動するものです。まずは自社の経営ビジョンや中期経営計画、事業戦略を十分に理解することから始めましょう。経営陣へのインタビューや経営会議への参加を通じて、会社が目指す方向性や課題を把握します。
- 2. 現状分析と課題の特定
現在の人材状況を詳細に分析します。従業員の構成、スキルセット、エンゲージメント状況、離職率などの定量データと、組織文化や従業員の声といった定性的な情報を収集・分析し、人材面での強みと課題を明らかにします。
- 3. 目標設定と KPI の決定
人事戦略の目標を具体的に設定します。「3年後までに管理職の30%を女性にする」「デジタル人材を100名採用する」など、明確かつ測定可能な目標を設定し、それを評価するKPI(重要業績評価指標)を決定します。
- 4. 具体的な施策の立案
目標達成に必要な具体的な施策を立案します。採用、育成、評価、報酬、組織開発など、各領域での取り組みを計画します。各施策の優先順位や実施時期、必要リソースも明確にしておきましょう。
- 5. 経営層の承認と社内共有
策定した人事戦略は経営層の承認を得た上で、全社的に共有することが重要です。人事部門だけでなく、各部門の管理職や従業員が理解し、協力する体制を構築します。
- 6. 実行とモニタリング
計画に基づいて施策を実行しながら、定期的に進捗状況をモニタリングします。設定したKPIの達成度を測定し、必要に応じて計画を修正していきます。
- 7. 評価と改善
一定期間後に戦略全体の評価を行い、成果と課題を整理します。環境変化や新たなニーズを踏まえて、次期の人事戦略に反映させるというPDCAサイクルを回していきます。
6. 今日の人事戦略における重点課題
現代のビジネス環境において、特に注目すべき人事戦略上の重点課題をいくつか紹介します。
6-1. リスキリング・アップスキリング
デジタル化やAI技術の進展により、求められるスキルセットが急速に変化しています。既存社員のスキル転換(リスキリング)や能力向上(アップスキリング)を計画的に進める戦略が重要です。
6-2. リモートワーク・ハイブリッドワークへの対応
パンデミック以降、働き方の多様化が急速に進みました。リモートワークやハイブリッドワークを前提とした人材マネジメント、評価制度、コミュニケーション戦略の構築が求められています。
6-3. ウェルビーイングとメンタルヘルス対策
従業員の心身の健康は生産性や創造性に直結する要素として注目されています。単なる福利厚生ではなく、ウェルビーイングの強化が企業の競争力の源泉となっています。
6-4. 人的資本情報開示への対応
2023年以降、日本でも上場企業による人的資本情報の開示が求められるようになりました。ESG投資の観点からも、人事データの収集・分析・開示の体制整備が人事戦略の重要な要素となっています。
7. 効果的な人事戦略立案のためのツールとフレームワーク
人事戦略を策定する際に活用できる代表的なツールやフレームワークをご紹介します。
7-1. SWOTマトリクス
自社の人材面における強み(Strengths)、弱み(Weaknesses)、機会(Opportunities)、脅威(Threats)を分析することで、戦略立案の基礎とするフレームワークです。
7-2. 9ブロックタレントマネジメント
従業員のパフォーマンスとポテンシャルを9つのマス目に分類し、各層に適した育成・活用戦略を立案する手法です。後継者計画やタレントマネジメントに有効です。
9ブロックタレントマネジメント表の例
ポテンシャル(低) | ポテンシャル(中) | ポテンシャル(高) | |
パフォーマンス(高) | 安定的貢献者 ・現ポジションで貢献を継続 ・専門性をさらに高める ・他メンバーへの指導役 | 高いパフォーマー ・重要プロジェクトへの配置 ・リーダーシップ研修 ・横断的な経験機会提供 | 将来のリーダー ・経営幹部候補として育成 ・戦略的配置転換 ・エグゼクティブ研修 |
パフォーマンス(中) | 再評価対象者 ・強みを活かせるポジションの検討 ・スキルアップ支援 ・定期的なレビュー | 中核人材 ・能力開発計画の策定 ・チャレンジ機会の提供 ・メンタリング | 高ポテンシャル人材・育成重点対象 ・多様な経験機会の提供 ・パフォーマンス向上支援 |
パフォーマンス(低) | 改善必要者 ・パフォーマンス改善計画 ・スキルギャップの特定 ・適性の再評価 | 要観察人材<br>・短期的な育成目標設定 ・定期的なフィードバック ・モチベーション向上支援 | 開発途上人材 ・潜在能力の発揮支援 ・パフォーマンス阻害要因の特定 ・集中的なコーチング |
各マス目には該当する人材のタイプとともに、それぞれに適した育成・配置・活用戦略を示しています。このフレームワークを活用することで、組織全体の人材ポートフォリオを把握し、戦略的な人材配置や育成投資の優先順位付けが可能になります。
7-3. HRテクノロジーの活用
人事データ分析(ピープルアナリティクス)ツールやタレントマネジメントシステムなど、テクノロジーを活用して人事戦略の策定・実行・評価を効率化・高度化する取り組みも進んでいます。
8. まとめ:成功する人事戦略のポイント
人事戦略は、単なる人事制度の設計ではなく、企業の経営戦略と連動した人材マネジメントの全体像を示すものです。効果的な人事戦略を実現するためには、以下のポイントを意識しましょう。
- 経営戦略との一貫性を保つ
- データに基づいた現状分析と意思決定を行う
- 中長期的な視点で策定する
- 具体的で測定可能な目標を設定する
- 全社的な理解と協力を得る
- 環境変化に応じて柔軟に修正する
- 成果を定期的に評価し改善していく
人事戦略は一度策定して終わりではなく、環境変化に応じて継続的に進化させていくものです。経営層と密に連携しながら、戦略的な人材マネジメントを実践していきましょう。
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